イデアの影

 


イデアの影  作:森博嗣  中央公論新社

この世は、すべて幻なのです。現実なんてものはない。ただ、映っている影だけが見える。そうではありませんか?

主人と家政婦との三人で薔薇のパーゴラのある家に暮らす「彼女」。彼女の庭を訪れては去っていく男たち。知覚と幻想のあわいに現れる物語を繊細かつリリカルに描く衝撃作。

大好きな森博嗣さんの作品で、シリーズではない本があったので購入。

静かで色彩を感じない物語だった。曇りガラスをとおして見た世界のようにぼんやりしている。十五歳も年上の主人と、家事に口出しをしてくる家政婦。主人の言うことに素直に従う彼女。物語が進むにつれて彼女はだんだんおかしくなっていく。

読んでいるとどんどん引き込まれ、「彼女」と同化しているような感覚になった。読後もしばらくその気持ちが抜けない。

なんとなく時代の設定が古いと思う。今どき亭主関白な人は非難される。一人称の「私」がいつの間にか三人称の「彼女」になっている。夢(幻想)と現実の区別がつかなくなっていく彼女のこころを表現しているのだろう。一度読んだときには気づかなかった。ジャンルは純文学だが幻想小説に近いと思う。彼女の名前は結局最後まで出てこない。

これは谷崎潤一郎没後五十周年記念作品で、各章の冒頭に『細雪』の引用がある。谷崎作品は新潮文庫の『春琴抄』と『刺青・秘密』の二冊を読んだことがある。だが、どの辺りがオマージュなのかはわからなかった。